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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7285号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び争点

第一 原告の請求

被告らは原告に対し、各自七〇四万二二〇六円及びこれに対する被告株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミーは平成六年八月一一日から、被告坂野政孝は平成六年九月四日から、被告中川修三は平成六年一〇月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二 当事者の主張

一 争いのない事実

1 被告株式会社パシフィック・インターナショナル・アカデミー(被告会社)は日本人向けにカナダでの航空免許取得のための教習を実施する会社である。

2 被告坂野は被告会社の代表取締役である。

3 原告はヘリコプターの免許を取得するため、平成四年九月九日に被告会社との間で、飛行操縦訓練校入学契約を締結し、学費等として、平成五年三月二二日までの間に合計五七七万八〇〇〇円を支払った。

4 原告は平成五年四月一七日にカナダに行き、四月二六日から訓練を開始した。

その後(原告は五月一六日ころと主張し、被告らは三か月ほど経過した後であると主張している)、原告は現地のインストラクターから「今後かなりの時間の超過飛行訓練が必要であり、そのための費用がかかる」と言われた。

そして、七月一四日には「授業料が不足するに至った」と言われ、その費用を準備できなかったため、原告は八月半ばころに訓練を中止して日本に戻った。

5 帰国後、原告は授業料不足分として、被告に少なくとも二万三二二九円を八月二一日に支払った。

二 争点

(原告の主張)

原告は、争いのない事実3、5の金員のほか、八月一九日にも六四万〇九七七円を支払ったので、その合計額である六四四万二二〇六円の損害を被ったと主張している。

そして、この損害を被ったことについて、次のような理由で被告らに責任があると主張し、弁護士費用六〇万円を加えた合計七〇四万二二〇六円を請求している。

1 被告会社の責任について

(一) 被告会社(の従業員である大崎)は原告に対し、

(1) 六か月でヘリコプターの免許が取得できる

(2) 代金は、争いのない事実3に記載した代金だけでよく、仮に補習が必要になっても、追加の費用はかからない

(3) 英語ができなくても免許取得は大丈夫である

という虚偽の説明をした。

(二) 原告に対して適切な訓練や指導をしなかった。

(三) 被告会社は、(一)、(二)のどちらかの理由により、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。

2 被告坂野の責任について

被告坂野は商法二六六条の三の規定による責任を負う。

3 被告中川の責任について

被告中川は被告会社の実質的経営者であり、被告会社に前記の債務不履行又は不法行為をさせたのであるから、民法七〇九条の規定による責任を負う。

(被告らの反論)

これに対して、被告らは原告の主張を争っている。とくに、原告の主張1については、(一)のような説明はしていないし、訓練・指導は適切に行われたと主張している。

理由

原告の請求を棄却したのは、原告に虚偽の説明をした(原告の主張1(一))とか、適切な訓練・指導をしなかった(同(二))とは認定できないからである。

このように判断した根拠は次のとおりである。

一  「虚偽の説明をした」との主張が認められない理由

1  「六か月でヘリコプターの免許が取得できる」という説明について

大崎が原告に対してした説明は、「今までの生徒さんは六か月以内に取れていますので、大丈夫だと思いますが、そんなことがないように山崎さん(原告)も頑張って勉強してください」というものである(原告本人、証人大崎)。

そこで、この説明が虚偽なのかどうかを考えなければならない。

乙五は、被告会社が生徒台帳に基づいて作成した資料である(証人大崎)。この資料には、平成三年一一月以降、被告会社(株式会社太平洋学院も含むと思われる。この会社は被告中川が代表者であったが、平成三年一〇月一七日に破産したことに争いがない。そして原告は、この会社が被告会社と組織的・経営的に同一体の関係にあると主張している。)がカナダへ派遣した九名(原告を含む。)のことが記載されている。これによると、派遣された九名のうち七名が免許を取得して帰国しており、免許を取得しなかったのは、金銭上のトラブルから訓練を受けないで帰国した一名と原告の二名である。

この資料には訓練期間が記載されているが、これは、日本を何年何月に出発し、何年何月に帰国したかを記載したものである(証人大崎)。これによれば、期間は四か月の者が一名、五か月の者が二名、七か月の者が二名、八か月の者が一、九か月の者が一名となり、これらの平均は6.4か月、六か月以内の者は七名中三名ということになる。

ただし、これについては、次のような点に注意する必要がある。まず、出発及び帰国の「日」が記載されていないので、正確なものではなく、プラスマイナス一か月の誤差がある。次に、出発から帰国までの期間なので、実際の訓練期間はこれよりも短い可能性があるが、被告会社には、実際の訓練期間を知るための資料はない(証人大崎)。それから、被告会社がカナダに派遣した生徒が本当にこの九名だけだったのかは疑問がある。というのは、わずかこれだけの生徒で会社の経営が成り立つとは考えにくいからである(被告中川も、太平洋学院の破産の際の陳述書に「生徒が年間約七〇名」と記載している。甲一五)。

このような問題があるので、この資料を全面的に信頼するというわけにはいかないが、それでも、平均6.4か月、最長九か月、六か月以内の者が七名中三名という数字から考えて、「今までの生徒さんは六か月以内に取れています」という説明はオーバーな言い方であったというほかない。

けれども、このような説明を聞く人がその言葉どおりの意味に受け取るとは考えにくく、「だいたい六か月程度で免許が取得できることが多い」というくらいの意味に受け取るのが普通であると考えられる。自動車の運転免許でも早く取得できる人もいれば、なかなか取得できない人もいる。原告自身も原付、中型二輪、普通乗用車、フォークリフト、大型二輪の免許を取得している(原告本人)のであるから、そんなことは知っているはずである。また、原告がカナダで訓練している期間中に書いていた日記(甲二三)にも、例えば「向いていないのなら六か月訓練しても免許は取れないと思うが」とか、「大型二輪の時でもあきらめずにがんばったら取れたじゃないか。……根本的には同じだと思う」などと書かれているから、原告も、六か月で必ず免許を取得できると考えていたわけではないと考えられる。

そして、「普通なら六か月程度ではとうてい免許はとれない」と認定するだけの証拠はない。

したがって、大崎がした説明を嘘だと認定することはできない。結局、訓練期間の点において、損害賠償義務を負わせなければならないような虚偽の説明があったと認めることはできない。

2  「代金は、争いのない事実3に記載した代金だけでよく、仮に補習が必要になっても、追加の費用はかからない」という説明について

原告の供述では、補習が必要になっても追加費用はいらないと説明されたということであるが、他方、証人大崎の供述では、オーバーした場合は追加料金が必要になるとまではっきり説明はしなかったが、追加費用については車の免許と同じように考えてください、追加費用がかからないようにがんばってくださいという説明はした、ということである。

そこで、どちらの供述が正しいのかを判断しなければならない。

(一)  原告は説明のときに甲三を渡されている。これには「食費・生活費以外の費用一切追加費用の必要無し」とか「自社経営のカナダでの訓練になるので追加費用一切必要無しの完全パック料金となる」と記載され、原告が受け取ったときには既にこの部分にラインマーカーが引かれていた(原告本人、証人大崎)。

この書き方は、「仮に補習が必要になっても、追加の費用はかからない」という意味ではないことがよく読めば分かるのではあるが、パッと見ただけだと、そういう意味だと誤解される可能性もあるような書き方である。

(二)  けれども、入学契約書(乙一、甲一二)を見ると、第三章第二条に「カナダ航空法の規定では、自家用ライセンス取得に必要な最低訓練時間数は四五時間となっている。しかし乙(被告会社)の設定する訓練時間数はそれより一五時間多く設定しているが、甲(原告)の適性の良否で、その設定を越えて訓練をする事態になったときの追加料金は提携校規定により甲(原告)負担の完全現地清算するものとする。」と規定されている。

つまり、契約書の上では、補習が必要になれば追加料金を支払わなければならないことになっているわけである。

(三)  それに、原告がカナダで訓練している期間中に書いていた日記(甲二三)には、「訓練の時間が長くなると金が足りなくなる」とか、「被告会社や被告中川から金を借りよう」というようなことが何回も出てくるし、そのことに関して「はじめの話と違う」というような不満も全く書かれていない。

原告の陳述書(甲二二)にも、追加費用はかからないと聞いてはいたが、大幅な超過分まで被告会社がみてくれるかは分からなかったと書かれている(一七頁)。

そして、原告は日本に帰国してから追加の費用をすぐに支払っている(平成五年八月一九日に六四万〇九七七円(甲一三の八)、同月二一日に二万三二二九円(争いのない事実5))。

(四)  したがって、「仮に補習が必要になっても、追加の費用はかからない」と本当に原告が信じていたとは考えられない。

(五)  原告は、追加費用が必要だというのは話が違うけれども、そのことについて大崎や被告中川などに対して苦情はいわなかったと供述している。そして、その理由として、「もう、向こうの学校につけで飛ばしてもらってたんで、その分を払わなあかんという頭がありましたんで、もうそんなことは、はっきり言って忘れてましたね。」という。

しかし、この説明は納得できない。なぜなら、こんな大事なこと(原告は、追加費用が払えなかったために免許取得をあきらめて帰国したのである。)を「忘れていた」というのは、どう考えてもおかしいからである。

3  「英語ができなくても免許取得は大丈夫である」という説明について

大崎は、「私も高校卒で英語も話せない状況で免許を取りましたので大丈夫だと思いますよ、自分からどんどん話しかけて現地の人たちと仲良くなってください。それが英会話の上達が早くなる方法だと思います」と説明した(原告本人)。

原告は高校卒である(原告本人)。そして、「大崎が高校卒で英語も話せない状況で免許を取った」というのも事実である(証人大崎)。

したがって、この説明が虚偽のものであったということはできない。

二 「適切な訓練・指導をしなかった」との主張が認められない理由

訓練・指導が適切でなかったと認めるだけの証拠はない。むしろ、訓練校からは、原告について「操縦の上達が普通の生徒よりも極端に遅い」と指摘されている(乙三)し、原告がカナダで訓練している期間中に書いていた日記(甲二三)にも、自分は下手だというようなことが何回も書かれている。

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